アラビア語で’西部’を意味するアル・マブレブが、モロッコのアラビア名です。モロッコは北西アフリカに位置し、周囲を山に囲まれた王国です。人口の多くはアラブ人とベルベル人が占めています。西を大西洋、北部を地中海と接しています。陸地は、東をアルジェリアと接していますが、現在国境は封鎖されています。南は西サハラと隣接しています。
モロッコで最も古い入植者は、記録によればベルベル人です。彼らは長きにわたり、勇敢に独立を守りぬいてきました。紀元前1000年頃には、フェニキア人が地中海沿岸を占領し、その後紀元前6世紀ごろになるとカルタゴ人がこの地にやって来ましたが、ベルベル人の生活はさほど影響を受けませんでした。モロッコ北部はやがてローマ帝国のマウレタニア・ティンギタナMauretania Tingitana領となりますが、スペインから入ってきたチュートン族のひとつであるバンダル人によって侵略されました。その後この地は、ビザンティン帝国の領土となります。紀元7世紀末には、北アフリカ全土がアラブ軍により制圧されました。ベルベル族とともに、アラブ人は強大なムーア帝国を築き、スペインやポルトガルへも領土を拡大しました。
20世紀初頭に入ると、ヨーロッパ列強がモロッコに政治的、経済的野心を抱くようになり、国際的な危機が訪れます。この緊張は1912年にフェズの街で、フランスとモロッコ間の協定が結ばれることで解消しましたが、モロッコはフランスの保護領となりました。保護領ではモロッコ人のスルタンが君主におかれましたが、実質は政治の主要な分野ではフランス人の総督代理が実権を握りました。より小さい規模のスペイン保護領も認められ、領内では外交以外の権限がスペインに与えられました。
モロッコの経済的成長をもたらし、近代化を促進したという点では、フランスの力は大きいといえますが、それでもモロッコは独立を求めて戦い続けました。1956年、モロッコの完全な独立が認められます。間もなくスペイン保護領もモロッコに引き渡されました。
現在のモロッコの主要産業はリン酸塩の採掘及び輸出です。また国内外から訪れる旅行者向けの観光業も基幹産業のひとつです。モロッコはヨーロッパ、アフリカ、中東との結びつきが強い国ですので、アフリカ旅行の玄関口としては最適です。
モロッコのカサブランカCasablanca、ラバトRabat、タンジールTangier、フェズFez、マラケシュMarrakechといった古い街は、ほとんど神話化されていますが、それも十分にうなずけるところです。旅人はこれらの都市の独特な建築美に魅了されます。モロッコの歴史にどっぷりと浸りたいなら、食から始めるのもよいでしょう。数々の文明の影響を受けたモロッコ料理は、まさにモロッコ文化を表しているといえます。